大学生の時にやっていた古本屋のバイトは楽でした。古い本屋ということもあり、常にまったりした雰囲気でした。
仕事内容は、接客、古本の陳列、レジなど。本の買い取りはちょっと難しいこともあり、70代後半の店長がほとんどやってくれていました。
その古本屋の近くには大学があったということもあって、大学の先生や職員さん、学生さんたちがよく来店していました。
一般的な本屋と違って古本屋の在庫はあまり動きがありません。例えば雑誌については10年前くらいに出版された本をずっと置いていました。
販売冊数にノルマもなく、やることがない日などは「本でも読んで時間潰しておいていいよ」と言われていました
たまに本好きのお客さんがやってきて、世間話をのんびりしながら時間が過ぎていくという
感じでした。
そんなのんびりした本屋だったのですが、つぶれることもなく意外と儲かっていました。
その商売のスタイルですが、店長の行っていた本の買い取りに関して、私は驚かされたことが何度かありました。
普通、本の買い取りというと、相場を調べて、しっかり元手がとれるようできるだけ値段を抑えるものだと思います。そして売れない本だったら二束三文か買い取りを断るということになるでしょう。
しかし、店長は違っていました。時には相場と関係なく本を買い取ることもありました。
「相場なんてあってないものだからなあ。それより人がハッピーになれば俺はいいんだよ」と話していたことを思い出します。
ある日のことでした。大学生が本を10冊くらい束にして来店しました。「す、すいません・・本の買い取りをお願いできないでしょうか・・?」
その大学生はボサボサ頭に汚れた服を着ていました。ご飯もあまり食べていないのか、ガリガリで顔色もよくなかったです。
明らかに苦学生でした。
その大学生が持ってきたのはその大学に関する本でした。大学の歴史が書かれた本、大学案内のパンフレット本など、どれも入学したときに全員に配布される本ばかり。明らかに置いていても売れないだろうと想像が容易につきました。
こりゃ、全部買い取りNGだな。と私は思いました。
しかし店長はその大学生を前に次のように言いました。
「よく持ってきてくれましたね。いいですよ。買い取りましょう」
そして、さらに驚くべき言葉を発しました。
「ん~。そうですね。1冊1000円で買い取りましょう。どうですか?」
大学生は目を丸くしていました。
「え?そんな高い金額で買い取っていただいていいんですか?」
店長はレジから1万円を出しながら次のように答えました。
「ええ。それだけの価値があると私は思いました。でもその代わり、勉強がんばってくださいよ」
その大学生は何回も頭を下げ、お金を受け取って帰っていきました。
その時私は店長の取った行動の意味がさっぱり分からず、なぜこんな間抜けなことをするんだろう?と思いました。はっきり言って希少価値がある本でもないですし、売り出したとしてもその大学に通う人はみんな持っているから買い手がいるとは思えなかったのです。
そんな本を一冊1000円で買い取るなんて・・正直、バカじゃないの?と思いました。
しかし、それから2年後にその意味が分かりました。
ある日のこと、スーツをびしっと着こなした青年が来店しました。髪を短くしていたので最初はだれか分からなかったのですが、よく見るとあの時の大学生でした。
「出張で久しぶりにこちらに帰ってきまして。その節はありがとうございました。」
あれからその大学生は大学を卒業してから東京都内の大手銀行に就職していました。
「立派になったなあ」店長は眼を細くして喜んでいました。
その日、その元大学生は大量に本を購入しました。かなり値段の高い本を棚ごと購入。30万円くらいの売り上げだったと記憶しています。
当時お金がない苦学生だったその時の大学生はエリート銀行マンに。あのとき本を買い取ってもらったことが常に心にあり来店してくれたのでした。
古本屋でアルバイトをしていて、そんなあたたかいシーンと何度か立ち会えました。
私は大学卒業と同時にその古本屋を辞めて地元に戻り結婚をしました。それからもう30年近いの歳月が流れます。時代はインターネットの時代。本も対面販売からネット販売に移行し、紙媒体の本はなかなか売れない時代になってきました。そしてあの古本屋は店長の引退と同時に店を畳んだらしく今はありません。
しかし私の心の中にはその古本屋と店長の笑顔がいつもあります。仕事といえば、いかにお金を儲けか、自分が得をするかが
重視される時代ですが、商売ってそれだけじゃないんだなということを学ばせていただきました。
私は現在は夫と自営業(飲食店経営)をしています。店長から学ばせていただいたノウハウを少し採れ入れつつ、人に感動を与える商売を目指したいと日々思っています。
(大学時代のアルバイトの体験談 50代女性)