社会にはさまざまな職業があります。転職活動ほか仕事探しは人生を大きく左右する大きな節目であるといえます
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効率の良い仕事探しには、転職エージェント、ハローワーク、派遣会社、新聞求人欄、求人サイトほか求人媒体をうまく活用し、適性に合う職場を探すことが重要です。
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転職に関する求人媒体の中で意外と知られていないのが、転職エージェントの存在です。転職エージェントには転職エージェントのパソナキャリアほかいろいろな企業があります。一度登録しておけば、マッチング率の高い求人の紹介、履歴書など書類の添削、模擬面接、転職相談などいろいろ登録者の転職支援をしてくれる便利な存在です。
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転職活動中の私のつれづれ日記(40代女性)

今日は、朝から重い足取りでした。朝一番に、事務のアルバイトの面接が、1件、入っていました。こちらから、予定を入れたのですが、いざ当日になりますと、気分が悪くなっていました。
なぜ、このように面接に行くことがいやに思うのか、その理由としましては、採用の枠が狭いからなのです。多くは、私がハローワークでこまめに求人広告を見ていますと、「1名」の採用です。

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1名の採用、こちらの不幸せな点は、誰か一人、最も勤務場所に近い、いわゆる交通費が安い、事業主の支払いの負担が少ない、とてもご年齢が若い、その方の経験、能力、技能が・・

職場から求められるものとぴったり合致される方が、たった一人でもおられますと、その方に決まるのです。

自動的に、後の皆さんは、不採用になります。その他の方々の事務処理能力、仕事に対します意欲や能力が大きく低いというのでは、決してありません。

と、言いますのは、私自身も渋々、不採用の連続となってしまい、不本意ながら次の面接会場に足を運んでいますと、見るからに、極端に、「悪い」印象の方々は、全くいらっしゃいません。

この点も、私からしますと、疑問なのですが、見るからに、「悪い」印象の方々ならば、前の会社で嫌われていたのかなぁ、くびになってしまったのかなぁ、あの人たちならば、「あかんやろう。」と、特別、当日の面接官でない私からも、はっきりと退職の理由、転職の理由がわかるからです。

がしかし、特別の悪印象の方々が、中途採用の面接、アルバイトの面接に来られたのであるならば、見るからに、誰の目にも、「あの人は、あかん。」とわかると思うのです。ですが、そうではなくて、いわゆるグレー・ゾーンって方の感じの方々の面接が続いていると思うのです。

はっきりとした、際立っての悪い印象を与える服装ではないと思うが、新卒から見ますと、かなり年齢が高いだとか、新鮮な印象はないが、しいて選考の際に欠点を挙げるとするならば、年齢相応のご職歴がないだとか、面接官の方々、審査員の方々・・

やはり、それは、選考ですから、応募者すべてを面接しまして、応募者すべてを選考されていると思うのです。
ある応募者一人を見ていますと、特別大きな欠点はないが、当方の選考により、他の応募者との比較によって、こういった理由で、現実のところは、選考が進められているのではないかなぁと、現在は、すでに中年になりました私は、思うのです。

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転職は、「難しい」と思います。私の言い分、それは、いっそ、「転職しない。」ことです。

今現在、無職ならば、貯金があったりして、うれしいことに生活に影響がないのであるならば、いっそ、「本当に、何も、しない」のです。

そうすれば、途中で、「辞める」ことは、ありません。事を始めていないのですから。何事も、特別起こってはいません。または、「辞めようかなあ」「辞めたいなぁ」「いつ、辞めよう」「いつならば、辞められる?」と、悩むこともありません。

「辞めるお話は、いつ、話そう。」と、いわゆる上司の顔色をうかがう事も、ありません。人間関係で、悩むこと、悩みが生じることも、ないのです。

実は、悩みって、悩んでいる間に、いろいろと考え込んでしまって、本人が疲れてしまうことがあると思うのです。ますます疲れて、その時の仕事、「辞めたい。」になるんだと思うのです。

結局のところ、「辞める。」のだから、はじめから、スタートしなければ、「いい。」のです。これは、名案です。

実際のところ、人にもよると思いますが、女性の社会進出って、「ないに、等しい。」のだと思うのです。かつては、女性ばかりでありました、看護婦さんだって、そこの職場に男の
人々が入ってくると、雰囲気が、助成ばかりのときと「変わる」と思うのです。

だから、きっと、「看護婦は、女の人だらけ。」「看護婦は、女の人の職場です。」と思っていた人々で、気弱な人々は、「辞めたい。」になるんだと思うのです。

とても強い精神力の人々ばかりでは、この世は、ありません。今や、「保母さん」って言葉も、年若い人々の間では、なくなってしまった感じです。あー、時代の流れとは、とても恐ろしいです、私からしますと。
一般事務の仕事に、とてもうれしいことに就けたとしましても、やっぱり何年か続けていますと、その間に加齢をしまして、体力が低下すると思うのです。

仕事が、つらく負担になってしまいます。すると、「辞めたい。」になるんだと思うのです。

一体全体、この世で、我慢強い人々って、どれくらいいるのでしょうか。ちなみに、私は、「自称我慢強くない」です。

だから、さまざまな理由付けをして、結局は、「辞める。」のだから、「はじめから、やめとく。」がいいと思うのです。それが、正解です。

一見、時代遅れのような、年若い間に「家庭に入る。」これも、実は、大いに賛成です。相手の男性が、うれしいことに、大きな収入を得られる方ですと、「ずっと家にいる。」これが可能になるのです。

私はこの世の中にたくさん存在をしています女性の一人です。今でも、仕方なしに、転職活動を続けています。うそ、偽りのないお話になります、転職活動を「したい。」のでは、まったくなくて、「せざるを得なくて、している。」なのです。

どうも、この世代って、とても不幸せですよね。不利益を被りやすいといいますか、真ん中過ぎて、挟まれすぎてしまうのです。

いわゆる、現実の年齢の若さ、10代後半、20代前半の男性や女性、おそらくまだまだ体力の低下を感じ取っていない方々、職歴は、薄いものでありそうですが、知識が豊富であったり、「子供とは、言えない。」人々、

それは、そうですよね、私たち、40代からしますと、現実の年齢が年若いのですが、中学生や小学生ではなくて、思春期は終えられているのですから、この方々をはじめとしまして、そのまさに、反対側の端っこには、シニアの層、いわゆる、おばあさんやおじいさんが、今や、日本は高齢社会と言われていまして、たくさん、いらっしゃいます。

お年寄りとは、表現しがたい、もしかしますと、非常に世の中ですでに疲れてしまっています、私たち、40代や50代の男性や女性たちよりも、年金などの支給もあって、健康、体が強くて、お元気かもしれません。

こういった方々のほうが、まだまだ、働けるのかもしれません。「人間とは、実際の年齢、だけではありません。」この言葉は、まさに、こう言いましたひと昔のおじいさんやおばあさんとは、見るからに違っていまして、若々しい印象の方々のためにあるのかもしれません。

いわゆる、お年寄りだって、今や、とてもお元気そうなのです。60代、70代の男性や女性の方々の働く場所が、皆無ということは、もはや、現代、日本国内で、ありませんと、私自身は、思うのです。これは、とても、正直な思いです。

飲食店では、もはや、大学生などの男性や女性のアルバイトばかりでは、まったくありません。シニアの方々も、すでに、働かれているのです。私たちが、直接、店舗で、出会うことがないような、朝の5時からだとか、いわゆる、朝食の早い時間なのです。

「たいへんだなぁ。」と素直に、思うのですよ。ですが、実際に、すでに、おばあさんの年齢に思えそうな方々が、働かれているのです。さらに、昇給や昇進を願われている様子です。ガッツがあられる感じなのです。

私たちの立場って、いったい、どうなるのでしょうか。

私だって、「お金」は、欲しいのですよ。とても、です。大きな声で、はっきりと、「私は、お金が欲しいのです。」と、友人や知人、あかの他人にまでも、求められたならば、いいえ、発言を求められなかったにしましても、発言することは、不器用で、他人からは、「どんくさい。」と言われてしまったことのある私にさえも、出来るのです。

少々、強引なお話になってしまいました。友人や知人、あかの他人さんから、求められていなくても、求められていないのに、私が発言をしてしまったならば、うるさがられたり、厄介がられたり、無視をされてしまうかもしれませんね。

きっと、あかの他人さんならば、無視をされてしまうのでしょう。

ですが、それぐらいに、私には、「お金が欲しい。」と言います気持ちが、体内に、確実に存在をしているのです。もう、何ヶ月、何年も前からも、もしかしますと、きっと子供のころ、小学生のころから、お金が好きだった気がします。

「くすっ。」と、今、一人で、この記事を作成しながら、一生懸命に取り組みながら、笑ってしまいました。いったい、子供のころの私って、小学生がお金をもらって、何に使うのでしょうか、何が欲しかったのでしょうか。私は、あの当時は、赤いランドセルや小学校で使う筆箱や鉛筆を買ってもらっていた気がします。

あのころは、まだ、よかったなぁ。ふと、そのように思いました。懐かしいのです。少々、涙ぐみそうになってしまいました。

まだ、「大不況。」とは、まったく言われていませんでした。私は、昭和の生まれです。昭和40年代の後半です。休日では、誰もが出入りすることの出来ます公園内で、暖かい陽だまりを感じ取るような、余裕やのんびり感が、大いにあったと思うのです。

テレビドラマでも、私は、当時子供でしたから、「子供は、早く寝なさい。」と世間ではありがちに、周りの大人から言われてしまいながらも、夜の9時以降のドラマでは、家族間や人々の心の交流やあたたかさを描いたそれが、今よりも、もっと主流に放送されていた気がするのです。

「あのときのほうが、絶対に、よかったなぁ。」本当に、私は、今でも、このように思うのです。もちろん、当時は、「終身雇用。」がはっきりと存在していました。絶対に、そうでした。いえいえ、「終身雇用、ばっかり。」だったと思うのです。

一度、入社をしました会社や職場で、ずっと、長い時間、たとえ大きな派手な暮らしが出来なかったとしましても、暮らせる給料がもらえていたと思うのです。
今の時代って、暮らしにくいですね。その暮らしにくさの上に、転職活動だなんて、とてもやりにくいですよ。

昨日は、私って、思わずぽろりっと、本音を話してしまいました。「就職活動がないほうが、私、暮らしやすいんです。」相手の方は、真向かいから、あっさりと、「そうですね。」と言われました。

私の言葉で、相手の方から、怒られることは、まったくありませんでした。厳しく言われることも、「カツを入れられる」ことも、まったくありませんでした。この段階で、何かしらの助言を、一言、二言、言われることもありませんでした。

私は、すでに、現在では、40代の半ばに入っています、女性の一人です。いわゆる、新卒のころには、1990年代「失われた10年」と言われました大氷河期でした。さらには、今では、「失われた20年」と言う言葉まで存在しているらしいのですが。

この方は、私自身が知らない間に、どちらかで、私の就職活動を見ておられたのでしょうか。この方とは、ハローワークの正職員の方々の一人です。年齢は、その方の外見や振る舞い、求職者の方々に対します発言から、50歳ぐらいでしょうか。

明らかに、60歳は超えていらっしゃらないとは、思うのですよ。60歳を超えてしまいますと、定年を超えてしまうことになるのですから。

いわゆる、大就職氷河期ではなくて、もしかしますとバブル期入職かもしれませんが、新卒のころに、始めた仕事を正職員で、今もなお続けていらっしゃる方からしますと、「気の毒、そのもの。」なのかもしれませんね。私自身や私の就職活動が、です。

「あー、あんまり、暗くならないでおこう、思いつめないでおこう。」一方で、私は、このようにも、思いました。

昨日、ハローワークの正職員の方を目の前にしまして、お話をしていたと言いますことは、私は、実は、昨日も就職活動を続けていました。

昨日は、まず、午後から、先日別のハロー・ワークを通して求人募集に応募をしました、アルバイトの面接に、いわゆるハロー・ワークからの紹介状を1通と、自筆の履歴書を1枚持参して、いざ、当日になりますと、気乗りしないながら、行ってきました。

ですが、この仕事内容、通勤にかかる時間、通勤場所から、ここに決まって欲しいとも、思っていました。これもまた、正直な気持ちです。

ですが、やっぱり、不器用ながら私も約20年ぐらい仕方なしに、転職の活動を続けているのですが、いざ、当日、行く前には、重たい気持ちになってしまうのですよ。

「遊びたいなぁ。」ほかの女性が、いすに座って、かわいらしいお弁当を持参して過ごされているのを見ますと、そう、思いました。

30代前半の頃、生まれて初めて、官公庁の職場に出入りすることになりました。その時は、雇用の形態、アルバイトでした。期間は、あちらの職場上、あちらの都合であらかじめ決められた3ヶ月間でした。

あの時は、とても寒かった遠い記憶があります。冬の季節に、スタートしましたアルバイトでした。

時には、白い雪が降ったような、寒さに嫌悪感を覚えながらも、毎日毎日、あらかじめ定められたカレンダー上の出勤日、月曜日から金曜日まで、あらかじめ定められた朝から決まった時間の夕方まで、きっちりと時間は、周囲のアルバイトの皆さんが守りながら、事務作業をしていました。

あの時と比べまして、今の私は、40代となって、世間の身勝手さや大人の都合、世間の汚さや子供の頃は気がつかなかったようなずるさまで、こちらからは、願ってもいないのに、知るようになってしまいました。

ですから、そのようなことを知ってしまって、きれいに表現しますと、「大人になった」わけですが、こういいました意味では、「大人には、なりたくない。」わけで、かえって、余計なことを知ってしまったがゆえに、他人にはお話をしにくい、嫌悪感や恐怖心を持つようになってしまいました。

私の心の中は、いやいやながら、汚れてしまったわけです。

「あーぁ、私の子供のような純真な汚れない心を返してー。」まさに、そのような気分です。

30代前半の頃は、それまでには、官公庁の職場の中に、入ったことが、一切ありませんでした。最終の学校を卒業しました。

とてもうれしかった卒業式の翌日からは、美しき袴姿になることはなく、他府県の内の有名であったホテルのレストランで、ウェイトレスの研修を始めました。

「ホテル側って、せっかちだなぁ。」確かに、当時の私は、そう思いましたが、当時は、大人側の都合を断ることもなく、日付を先延ばしにしてもらうことなく、卒業式のひからは、特別まとまった休みを取ることもなく、研修に参加してしまいました。

当時の私は、スチュワーデスに成りたかったのです。懐かしいですね、こちらの言葉は。知る人は、知る、言葉ですね。当時は、全日空が航空会社の規模としましては、国内で2位であったような、遠い記憶がしています。その一方で、学生を含めた志望者からは、規模で当時第1位であった日本航空を抜いていたような気がします。かなりの人気のあった会社でした。

結局、スチュワーデスには、なれていません。今でも・・。私の転職活動はまだまだつづきそうです・・

(転職活動の体験談 40代女性)

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